灼熱の下界を逃れて極楽の天上界へ

 人はなぜ、高い山に登りたがるんでしょうね。そこは、下界を見下ろす天上界だからではないでしょうか。

 先日、またまた立山登山に行ってきました。立山は、富士山、白山と共に、日本三霊山の一つで、古くから全国各地の人々から崇められてきた山です。どれぐらい古いかというと、西暦701年に、越中国司の嫡男である佐伯有頼という人が、当時16歳で神の導きによって開山した、というようなことが立山雄山神社のパンフレットに書かれています。それ以来、修験者が修行をする山となったわけです。そして、江戸時代ごろには、立山の麓の町には宿坊なども生まれて、多くの人が登るようになったようですね。当時利用されていた室堂小屋は、今もそのまま史跡として残されています。

 今では、立山黒部アルペンルート(1971年6月1日に全線が開通)ができて、麓の立山駅からケーブルカーとバスで、1時間ちょっとで海抜2500mの室堂まで行き、そこから登山道を歩いて2時間ちょっとで雄山頂上まで行くことができます。ですが、昔の人は何日もかけて登ってたんですよね。登山道すらまともにはなかったと思われるので、誰でも行ける場所ではなく、まさに「異界」であり、神々に最も近い天上界で、ここに死後の世界を想像したわけです。

 立山というのは単独峰ではなく、雄山(3003m)、大汝山(3015m)、富士ノ折立(2999m)の3つの山の総称ですが、屏風のように聳えるこの連山は極楽だったんでしょうね。その隣には浄土山という名の山もあります。そして、室堂平には地獄谷という場所がありますが、ここは今でもガスが噴き出す、まさに地獄のような景色です。室堂からさらに標高にして500mほど下ったところには、弥陀ヶ原という広大な湿原が広がっていますが、ここには「ガキ田」と呼ばれる池塘がいくつも点在しています。これは地獄に堕ちた亡者たちが作った田んぼであるということで、こう呼ぶそうです。

 立山博物館に行くと、この死後の世界が描かれている仏教絵「立山曼荼羅」というのが見られるそうですが、その想像力には驚きです。一度実物を見てみたいものですが、いつも目一杯山歩きを楽しんで帰って来るので、とても立ち寄る時間がありません。

 さて、今回も目一杯山歩きを楽しんできました。自然大好き人間にとっては、高山植物や高山の生き物たちが目を楽しませてくれます。夏ももうすぐ終わるという時期でしたが、まだまだ夏の花は残っているし、秋をイメージさせる、ワレモコウやリンドウ、キキョウの仲間にも心が躍ります。イワショウブの白くて小さな花には、高山蝶のベニヒカゲやコヒョウモンが群れていました。こんな光景は初めてでした。8月に立山を訪れたのがそもそも初めてでしたからね。山は、訪れる季節や標高でその様子は全然異なっていて、同じ場所に何度行っても飽きることがありません。

 観光客にも大人気のライチョウにも毎日会えました。浄土山の山頂で出会った親子は、僕の足元まで平気で近づいてきました。全く警戒心がないんですね。

 最終日には、お天気にもそこそこ恵まれ、雄山にも登り、雄山神社で御祈祷をしてもらい、みんなで万歳をし、御朱印ももらってきました。山頂からの眺めは、雲海が広がり、後立山連峰の山々が頭を覗かせています。一瞬、遠くに槍ヶ岳も姿を見せてくれました。下界は灼熱地獄ですが、天上界は極楽であります。生きているうちにあと何回極楽に行けるでしょうか。

おおきな木 杉山三四郎