あのとき、あの場所に行ってなかったら…

 時どきこんなことを考えます。もしも、あの日、あのとき、あの場所に行ってなかったら、今の自分はどうなってたんだろうか、と。

 僕にとっての「あの場所」というのは、大学の学生課。大学2年の夏休みのアルバイトを探しに行きました。そこで見つけた1枚の募集広告。「長野県のキャンプ場で、子どもたちのお世話をする仕事」で、期間は夏の40日間、寝食付きで日給2,000円です。バイト代は安いけど、面白そうなので応募しました。応募者多数でしたが、面接に見事通って現地に向かいました。それはラボランドという名のキャンプ場で、ラボ教育センターという言語教育事業を行う会社が運営する施設です。そこに全国の子どもたちと先生や親が、1班につき500〜800人ぐらいずつ3泊4日でやってきます。おそらくこのときは7〜8班あったのではないかと思います。

 この40日が僕の生き方を大きく変えました。大学に入るまでは受験勉強が第一であると擦り込まれて生きてきましたが、そのキャンプで出会った約40人のリーダーたちは、同じ大学生なのに勉強よりもいろんな経験値が高いのです。キャンプのスキルが高い人、歌やゲームの指導が上手い人、登山家、釣り師、水泳選手などいろいろいます。一番刺激を受けたのは、スキルがどうのこうのよりもその自由な生き方で、自分の小ささをつくづく感じさせられました。でも、そのキャンプでは僕もある程度の存在感を発揮することができて、潜在していた「自分」に出会うことになってしまいました。

 その後、紆余曲折を経て、そのラボ教育センターに3度目の挑戦で就職できることになりました。ラボは小さな会社ですが、これまたユニークな経歴を持っている先輩方が大勢いて、ここでもまた刺激を受け、仕事にも誇りを持っていました。そして、もっと力を発揮したいという気持ちをずっと持っていたので、カルチャーセンターの写真教室に通ったり、演劇研究所に通ったり、そして、編集者を養成する日本エディタースクールにも通いました。ここで出会ったのが、径書房の創業者である原田奈翁雄さん。本を作るということはどんなことなのか、その心構えやスキルを学び、原田さんを訪ねて何度か水道橋にある径書房にも足を運びました。

 そして、そこで出会ったのが、『子どもが主人公』(徳村彰、徳村杜紀子著/径書房)という1冊の本。徳村夫妻が横浜で始めたひまわり文庫の活動が書かれていますが、そのモットーが「子どもが主人公」。大人の常識的な価値観から子どもを解放しようという活動、とでも言ったらいいのかよく分かりませんが、放埒な子どもたちに囲まれて生きる徳村夫妻の姿に感銘を受け、またまた刺激を受けることになりました。

 その後、「子どもが主人公」という言葉は仕事をする上においてもずっと頭にこびりついていて、結局自分の思いを実現するには独立するしかないと、17年勤めたラボを退社し、おおきな木を始めることになりました。机上ではなく、直に子どもたちと触れ合っていける場が作りたくて、「ことば塾」と「野外塾」の二つの塾を立ち上げた、というわけです。

 今「野外塾30周年のつどい」に向けて30年を振り返るスライドショーを制作していて、ここでもいろんな出会いがあったなあとしみじみしながら写真を眺めています。僕が、あのとき、あの場所に行ってなかったらこの出会いもなかったわけです。そして、今のパートナーとも出会うこともなかったわけで…。面白いですね。

おおきな木 杉山三四郎